農民の力で切り拓き、東淀川の農業や生活を200年に渡って支えた歴史の筋を歩く!まち歩き「中島大水道を考える」が行われます☆


中島大水道碑

皆さんは西淡路のセブンイレブン近く、新幹線の高架下にあるこのモニュメントをご存知ですか?

これは今から300年以上前、江戸時代に作られた「中島大水道」があったことを示す顕彰碑。
中島大水道とはどんなものなのかというと、

江戸時代、北中島一帯は一万数千石の米を生産する農村でした。しかし、低湿地で土砂堆積による洪水がひどく、河川の氾濫は淀川治水工事によって防ぐことができましたが、田畑にあふれた雨水などは排除できず、村民は幕府に排水路の設置を何度も訴えました。
 しかし許可はおりず、延宝元年(1673年)、たまりかねた一柳太郎兵衛、西尾六右衛門、沢田久左衛門の三庄屋が先頭に立って、排水路を設けてほしいと幕府に強く訴えました。延宝5年(1677年)、ようやく幕府は「工事に関する費用は、すべて百姓が負担する」という条件をつけて、排水路の設置を許可します。しかし、延宝年間は悪水で不作に苦しんでいたため、「せめて多少の補助を」と嘆願すると、感情を害した幕府は許可を取り消してしまいました。ついに耐えられなくなった三庄屋は、延宝6年(1678年)3月11日、新太郎松樋を水路の拠点として、無許可のまま工事を強行しました。村民たちは老若男女を問わず工事に参加し、昼夜の別なく働いて、福村吐口樋までの5102間(約9200メートル)、深さ3尺(約90センチメートル)の水路を28日間で完成させました(約50日間で完成させたという説もあります)。
 許可を得ず強行した三庄屋に幕府は怒り、工事の即時中断と出頭を命じますが、三庄屋は同年4月9日、西村の細目木(さいのき:現在の淀川区西中島7丁目)付近で、江戸の方角を向き、抗議の自決をしました。村民たちはこの悲壮な行為に感動し、幕府もこれを無視できず、2年間をかけて補助金も出し、中島大水道を完成させました。
中島大水道跡 – 東淀川区より引用

低湿地帯で排水に問題を抱えていた周辺の農民が立ち上がり、幕府の支配が強い江戸時代に”農民主導”で作り始めた排水路なのです。

中島大水道
(時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ3」((C)谷 謙二)により作成、一部加筆)(中島大水道は地図水色の部分。東淀川区と淀川区の一部のみ掲載)

モニュメントがある現在の西淡路あたりから新大阪駅から此花区伝法までの全長約9.2kmにも及ぶ大水路でした。現在では市街地化してしまい、ほとんどが道路となってしまいましたが、その中島大水道ゆかりの場所を巡るまち歩きイベントが13日(土)に行われます。

 今回は新大阪駅から淡路駅にかけて歩くコースで、落語家の笑福亭仁勇さんを講師に迎え、まち歩きマップを片手にゆかりの場所を巡ります。

中島大水道新太郎松樋

 先人達の命をかけた活動によって今の「まち」が出来てます。そんな足跡を辿るイベントに是非参加してみてはいかがでしょうか?

まち歩き「中島大水道を考える」

日時 2017年5月13日(土)14:00~16:00
定員 20名
集合場所 新大阪駅 千成ひょうたん前
資料代 500円(『中島大水道マップ』ご持参の方は300円)
講師 笑福亭仁勇さん(落語家・淀川歴史散歩調査研究委員)
主催:中島大水道サロン
協力:エコまちネットワーク・よどがわ、あおぞら財団
申し込み方法:
「あおぞら財団」までFAXかメールでお名前・ご連絡先を明記の上お申込みください。
FAX:06-6478-5885 Eメール:webmaster@aozora.or.jp

中島大水道顕彰碑はこのあたり

34.741729, 135.513167

(あわわ)

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